2017年05月10日

東アジアにおける「日本孤立」の危険性

 5月2日、筆者は日経紙の 「トランプ氏、ASEANに対北朝鮮で協力要請」 という記事を受けて、 Twitter で次のように(連続)投稿した。(「続き」は削除、段落は整形)

 日本メディアは、相変わらず「封じ込め」「包囲網」など“敵と味方”に単純化した報道しかしない。
 しかし、トランプは、成功した企業経営者であり、その行動原理は、政治的理念や特定の世界観に基づいて「世界を変える」のではなく、眼の前の現実的課題を“大胆に”解決することである。
 だから、国民の見えない不満を捉え、煽ることで「大統領に“なる”」ことに成功したのだが、大統領としての「仕事」では、未だ殆ど成果を挙げていない。 (日本と異なって)正しく国民を代表する「議会」と、三権分立が(これも日本と異なって)正しく機能している「司法」の壁に阻まれて。
 国際関係における彼の関心は、「米国に損害を与える国かどうか」の一点に見事に絞られ、その国の権力構造や国内の人権状況にはほぼ無関心である。 このことも、彼が理想主義者でも狂信者でもなく、見かけはエグいものの本質的には「問題解決型」の人物であることを示している。
 仮にトランプー金正恩会談が実現し、かつてのイランと同様に「核開発の一定の抑制と“透明化”」で合意、北朝鮮が米国敵視をやめるということになればどうなるか。 トランプー習近平関係の進展から見て、米国がむしろ朝鮮半島から距離を置き、中国に“任せる”可能性すら出てくるのである。
 安倍政権のもとで、“官民を挙げて”続けてきた北朝鮮敵視、嫌韓、反中の煽動は、既に欧米メディアがとりあげるほどの酷いレベルにある。 米中関係の動向次第では、日本が東アジアで絶望的な孤立に陥る危険も決して小さくない。 政府、メディアはそのことを自覚しているのだろうか。

 そして、5月8日深夜には以下のようなニュースが伝えられた。

日本経済新聞 電子版 2017/5/9 1:12
【北京=永井央紀、ワシントン=永沢毅】
 トランプ米政権が中国に対して、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄すれば金正恩(キム・ジョンウン)委員長を米国に招いて首脳会談に応じ、北朝鮮への武力侵攻などもしないとの方針を説明したことが分かった。中国は米国に経済援助などにも応じるよう促すと同時に、北朝鮮には米国の方針を伝えたもよう。複数の外交筋が明らかにした。
 米国は北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄した場合に「4つのノー」を約束すると説明した。(1)北朝鮮の体制転換は求めない(2)金正恩政権の崩壊を目指さない(3)朝鮮半島を南北に分けている北緯38度線を越えて侵攻することはない(4)朝鮮半島の再統一を急がない――との内容。
 ティラーソン米国務長官は3日の講演でこうした方針を公表、中国にも水面下で伝えたという。4月上旬に米フロリダ州で行った米中首脳会談後とみられる。トランプ大統領は「環境が適切なら(金氏と)会ってもいい」と述べ、将来的な米朝首脳会談の可能性をにじませていた。
 中国は米国に対し、北朝鮮を説得するには前向きな提案も必要だとの考えを説明。朝鮮戦争時の休戦協定を平和協定に切り替える交渉や、経済援助の実施、国交正常化交渉の開始などにも応じるよう求めた。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC08H3U_Y7A500C1MM8000/


 5月10日早朝、韓国大統領選で、リベラル派のムン・ジェイン候補の当選が報じられ、フランスでマクロン大統領、韓国でムン・ジェイン大統領がともに圧勝で誕生することが確定した。
 ここまで、現地からの冷静な情勢分析はほとんど無視して、世界が「足並み揃えて極右化」という方向で盛んに煽っていた日本メディアや“政治評論家”たちに漂う「当てが外れた感」が笑える。
 このムン大統領誕生によって、冷えかけていた中韓関係は確実に回復に向かうと予測される。 さらに「言葉」とは一致しない隠れた柔軟性(何でもあり!)をもつトランプ政権の今後の動きによっては、先に述べたような「米ー中ー北朝鮮」の新たな関係改善の可能性もより現実化してきたと言える。
 この状況に慌てた安倍政権は、早速「北朝鮮ミサイル危機:避難指示の改善」「慰安婦合意は絶対見直さず」などと再度煽り立て、「寿司友メディア」に報道させている。  
 しかし、このようなことを続けていると、中韓に対する安倍政権の歴史修正主義や攻撃的態度ばかりがどんどん突出し、日本が東アジアで孤立する危険が一段と高まることになる。

 世界から見れば日本も「東アジアの一国」でしかない。また、この2国が日本の産業・経済活動において最早欠くことの出来ないパートナーであることも厳然たる事実である。
 今の日本の“極右”の人々の意識の底には、明治期のそれよりもさらに歪んだ「脱亜入欧」欲求があって、それがいわゆるネトウヨや巷のレイシストたちを元気づけ、「中韓、相手にせず」といった気分を醸し出しているようである。
 それが、幻想であることを超えて暴走すれば、文字通り「国を滅ぼす」ことになることを、決して忘れてはならないだろう。
(10日に Twitter で(連続)投稿した記事と一部重複しています)
posted by Cheshire Cat at 16:25| Comment(0) | 世界と日本

2017年04月19日

地方創生担当相の暴言の背後にあるもの

 地方創生担当という奇妙な役職の閣僚が「暴言」事件を起こした。

 この件で重要なことは、政府の閣僚が「博物館・美術館に“学芸員など居なくて良い”」と公言したことであり、二条城で生け花が許されたかどうかなどという瑣末なことではない。
 この人物は、「博物館や美術館の成果・評価を決定する最大の要因は“学芸員”という専門職の質と量である」という先進国なら当然の常識を、真っ向から否定したのである。

 実は、日本ではこのような「思想」が意外に広く共有されている。
 おそらくは、15年戦争時と戦後の高度経済成長期に形成されたものと思われ、戦争中の「進め一億火の玉だ!」、高度成長期の「24時間戦えますか?」という言葉に現れるような価値観で測って、体力の劣る者・戦闘意欲に欠ける者等が就く価値の低い職種、と決めつけたことが未だに残存しているのだと考えられる。
 学芸員にとどまらず、図書館司書、保存文書等の管理専門職(アーキビスト)などが、一様にこの“差別的視線”の対象となっている。

 問題は三つの側面を持つ。
 第一は、そもそも博物館・美術館、図書館、文書館といった機関が、国家・国民の歴史と未来にとって極めて大切なものであるという基本的な教養の欠落である。
 第二には、それらの機関で中心となって働く専門職の人々に求められている高度な専門性、その仕事の重要性をまったく認識していないことである。
 そして第三には、それらの機関が「対象とする文化財」と「専門性をもった職員組織」と「必要な設備・機能を備えた施設」という3つの不可欠な要素で構成されるという認識の欠落である。
 これらの無知・無教養は、大阪の橋下が世界的に評価の高かった「国際児童文学館」の専門職員を解雇し、資料だけを府立図書館に保存させ、九州某市の市長が市民の公共財産であるべき公立図書館を新古書店企業に丸投げ(挙げ句にその関連企業に天下った)した事例などに如実に現れている。

 遠く遡れば、本来上記の3要素を統合した意味である、ライブラリー、ミュージアム、アーカイブという名称に、図書、博物、文書と全て「建物」だけを指すかのような訳語を当てたことから始まっているのかもしれないが・・・。

 メディアは相変わらず「生け花ができたか?」といった瑣末なことにしか目を向けず、この閣僚が「学芸員という専門職の存在そのものを否定した」事実には目を向けようとしない。
 大手メディア企業のサラリーマン記者たちも、実は同様の差別意識を隠し持っているのかもしれない・・・。

posted by Cheshire Cat at 02:08| Comment(0) | 日本の社会

2016年12月09日

留学生と言う労働者の存在

 世の中のルールやそれに絡む出来事には「本音と建前」があると言うが、今世の中で進行していることの中には、本音と建前などというレベルで片づけることのできない、片づけてはならないことがいくつか起きている。その一つが「留学生という労働者」の存在である。
 12月7日発行の沖縄タイムス紙に次のような「社説」が掲載されている。

社説[留学生旅券預かり]法令順守の意識高めよ(抜粋)
<アジアなどの外国人留学生を対象にした本島南部の日本語教育機関(日本語学校)が、学生の旅券(パスポート)と健康保険証を預かり、管理していたことが分かった。ネパール出身の学生に対しては、一時、入管難民法で本人の常時携帯が義務づけられている在留カードも取り上げていた。>
<法務省の福岡入国管理局那覇支局も「たとえ本人の同意があったとしても、学校が旅券や在留カードを預かるのは人権侵害行為にあたる」と指摘する。>
<学校側は「失踪や犯罪利用を防ぐため」だと言い、「きれい事ばかりでは学生の管理ができない」と反論する。>
<昨年だけで県内の日本語学校から50人以上の学生が失踪したといわれる。
 留学ビザの期限が切れた過去1年間の不法滞在者の発生率が全学生の5%以上の日本語学校は、法務省から「非適正校」の烙印(らくいん)を押され、ペナルティーとして「適正校」と異なる扱いを受ける。
「数人の行方不明者が出ると(学校経営にとって)死活問題になる」のだという。>

 なかなか的確に、学校側の「本音」と「現実に起きていること」をとりあげている。ところが、記事の最後が以下に示すような呆れるほど見事な「建前論」で締めくくられているのが何とも残念である。
<留学生は大学や大学院、高等専門学校、日本語学校などに通いながら、週28時間の範囲での資格外活動(アルバイト)が認められている。これらの留学生が安心して教育を受けるには、宿泊施設や相談窓口の充実など受け皿の整備が欠かせない。>

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/74605

 教育現場の経験的印象では、アジアからの留学生は大きく3つのタイプに分けられるように思う。
 タイプAは、言うまでも無く真面目で優秀な学生たちである。
 一方タイプBは、始めから規定を無視してアルバイトを掛け持ち、明らかに勉強よりも「労働」が生活の中心になっている学生たちである。
 そして、その移行形であるタイプC。
 C1は、当初はAであったのに、母国からの送金や日本国内での支援が何らかの理由で途絶・縮小したことで経済的に行き詰まり、心ならずもBに移行してしまう学生たちである。
 またC2は、意欲をもって来日したものの、勉強に付いて行けなかったり学校生活に馴染めないといった理由で次第にドロップアウトし、アルバイト中心の生活になる学生たちである。

 社説で言う「受け皿の整備」が有効なのは、明らかにタイプAとタイプCであり、タイプBの学生に関しては問題の本質がズレているとしか言えない。
 何故かと言えば、タイプBの学生達の殆どは「元々働く(金を稼ぐ)ことを目的に来日している」からである。また、彼等を「労働力」として受け入れ、 "活用" している労働市場が存在するからである。
 政府や教育機関の「建前論」の陰で、タイプBの留学生達は一定の(無駄な)学費を自ら学校に納め、さらに「学生バイト」ということで、低賃金の社会保険も適用されない状況で、現実には立派な "戦力" として働いているのである。
 このような「留学生労働市場」の存在は、実態として留学生ビザを利用した非正規労働者の輸入となっているのであり、国全体として見れば、一種の労働搾取であるとさえ言える。

 アルバイト漬け(確信犯)の留学生や、集団で失踪する留学生を増やさないための対策は、正反対の2つしか無い。
 第一は、ハードルを上げてタイプB(化する可能性のある)学生を "入国させない" ことである。しかしそれは留学生を増加させるという国の基本方針にも反することであり、実際そんな「判定」をしている余裕はどこにもない。
 第二の方法は、特定の専門技術をもたない若者でも「労働者として正規に入国させ・管理する」制度を創設することで、彼等を本来の「留学生」とは分離することである。
 国際的な批判と競争の下で改善を迫られている「企業実習生」制度も含めて、外国人労働者の受け入れについて、現実を直視した実践的かつ真剣な検討が必要となっている。
 
posted by Cheshire Cat at 23:56| Comment(0) | 世界と日本