2018年06月12日

国連人権高等弁務官事務所からのメッセージと日本政府の対応

 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は5月24日、日本政府が今年10月から実施を予定している生活扶助費の段階的な引き下げについて、複数の独立専門家・特別報告者の連名によるプレスリリースを発表、日本政府に対話を申し入れている。しかし、日本政府はこれを完全無視、応答していない。また、日本の主要メディアもまともに報道していない。ページは
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その内容(国連による日本語版)を全文引用する。
 日本:「貧困層の社会保障を脅かす生活保護削減」国連の専門家が警告

 ジュネーブ(2018年5月24日)国連の人権専門家*は、今年10月から実施予定の生活扶助費の段階的な引き下げについて、貧困層、特に障害者、一人親世帯、また高齢者の最低限の社会保障を脅かすものとして、日本政府に見直しを求めた。
 昨年12月に生活扶助の支給額が今後3年間で最大5%引き下げられることが決定されたのを踏まえ、人権専門家が警告を発した。今回の措置により、現在の受給世帯の約3分の2の世帯で生活扶助額が減額される見通し。
 「日本のような豊かな先進国におけるこのような措置は、貧困層が尊厳を持って生きる権利を踏みにじる意図的な政治的決定を反映している」と専門家は述べた。
 「日本は緊縮政策が必要な時においても、差別を撤廃し、すべての人に基本的な社会的保護を保証する義務がある。貧困層の人権への影響を慎重に考慮せずに採択されたこのような緊縮政策は、日本の負っている国際義務に違反している」と付け加えた。
 今回の削減は、2013年に行われた同様の生活保護の予算削減に続くものである。専門家は、年収を10段階に分けた場合の最も低い所得世帯層の消費支出の状況に基づいて生活保護基準を見直すという方式の正当性に疑問を呈している。
 「この基準に基づいて決定される最低生活水準は、国際人権法で要求される適切な生活水準と合致しない。このような欠陥のある方式に基づく受給額減額によって、日本はますます多くの人々を貧困に陥れることになる」と主張した。
 「高齢者の貧困と社会的排除により、またも多くの人々が声を上げられないまま苦しむことになろう。これらの政策が修正されなければ、貧困に最も影響を受けやすい人々、特に女性の高齢者、女性世帯主世帯、女性の障害者などを傷つけるだろう」と強調した。
 「今回の削減によって最も打撃を受けるのは障害者であろう。経済的負担の増加により、施設に入ることを余儀なくされたり、自殺を図るケースが増えているとのが報告もある。生活扶助費の削減は、障害者権利条約によって保証された、障害者が地域社会で自立して生存する平等の権利を奪うものである」と専門家は述べた。
 専門家は、国際義務に基づき、生活扶助費の引き下げの包括的な人権アセスメントを行い、そして負の影響を緩和するために必要な対策を講じるよう、政府に要請している。
 また、専門家は、政府が生活保護改正法案を現在審議していることに触れ、生活保護受給者が非受給者と同等に医療を受ける権利を制限する可能性があると指摘した。「生活保護受給を理由に、医薬品の使用に制限を課すことは、国際人権法に違反する不当な差別に当たる。政府は改正法案を慎重に再検討するよう強く要請する」と述べた。

専門家は、日本政府にすでに直接懸念を表明した。

以上

* 今回の声明を発表した国連人権専門家一同:フィリップ・オルストン氏、極度の貧困と人権の特別報告者;ホアン・パブロ・ボホスラブスキー氏、対外債務と人権の独立専門家;カタリーナ・デバンダス氏、障害者の権利の特別報告者;ローザ・コーンフェルド・マッテ氏、高齢者の人権の独立専門家。
国連人権専門家は、国連人権理事会の「特別手続き」に属する専門家である。「特別手続き」とは数々の独立専門家を擁する、国連人権機構の中の最大組織である。特定の国における人権状況やテーマ別の人権状況について事実調査・監視を行う、国連人権理事会の独立した数々のメカニズムを総称して「特別手続き」という。全ての国が調査対象となる。「特別手続き」の専門家は国連職員ではなく、金銭的報酬も受け取らず、自らの意思で調査に取り組む。いかなる政府、組織からも独立し、個人の資格で任務にあたる。

 繰り返すが、日本政府はこの「対話の申込」を完全無視、再改正生活保護法案は6月1日参院本会議で可決、成立した。
 以前の「報道の自由」に関する問題でも出てきたことだが、国連における「独立専門家」や「特別報告者」の意味について、日本政府は正しく理解せず(または理解できない振りをして)「国連の正式見解ではない」などと強弁し、メディアもそれに追随している。しかしながら、それらの「特別な個人」は、各国間の駆け引きや大国の都合に影響される理事会や総会の決議とは離れた立場から国連の理念を追及する「発言者」として国連に任命されているのであり、それ故に彼等のメッセージは一定の敬意・重みをもって国際社会に受け止められている。
 「個人の意見」など「組織の決定」に比べて何の価値もない、という思想は日本社会の歪みそのものであり、民主国家・民主社会になり切れていない現実を如実に示している。しかしながら、大手メディアも同じ「思想」にどっぷり浸かっているので、政府と同様にそれらを軽視し、国内メディアに依存する国民の多くも「知らずにいる」ことになる。
 そうやって、日本は世界に目を閉ざして「異端の国」の度合いを強め、やがて世界の風当たりが強くなっていることに気付くと「逆ギレ」して暴走する、80年前の歴史を繰り返そうとしているようにしか見えない。
posted by Cheshire Cat at 15:05| Comment(0) | 世界と日本

2018年06月06日

難民認定の異常な少なさに透けて見えるこの国の病

 日本国政府が、あらゆる手段、抜け穴まで用意して外国人労働者を増やそうとしている一方で、「難民」については異常なほど忌避するのは何故なのか?
 入国管理局の収容所の現場職員が、刑法犯でもない「難民申請者」の人権を徹底的に無視、虐待行為を続けられるのは何故なのか?
 近年、逃走や退学などで在留資格を失いかけた技能実習生や留学生が、「難民となるべき事由・状況」が無いにもかかわらず、在留期間の延長を狙って難民申請を行うケースが急造しているのは事実である。政府は言わばそれに便乗する形で、難民申請者=不法滞在者と印象づけ、治安の問題なども仄めかしながら一層の「審査の厳格化」を打ち出している。
 だが遥か以前から、世界の主要先進国が等しく受け入れてきたクルド難民やシリア難民などについても、日本政府は徹底的に受け入れ(難民認定)せず、一貫して仮放免と収容という犯罪者と同様の待遇を続けてきている。正当な難民申請者の中には、本国では医師、技術者、法律家、料理人など様々な専門職であった人も居て、日本政府の言う「高度専門人材」も少なくない。しかし、そのことは一切無視されるのである。
 その本当の理由は、制度や法令以前に、関係する政治家や官僚の「意識の根底」にある「難民などというのは "祖国から逃げた裏切者" だ」という意識ではないのかと私は考えている。それは、国内の企業や官庁における "内部告発者" に対する評価とも重なって見える。権力の絶対視抵抗することへの罪悪視という、この国の社会が抱える「大きな歪み」の部分、本当の意味での民主的社会にも民主国家にもなりきれない根本、につながっているのではないかと考えている。
posted by Cheshire Cat at 16:43| Comment(0) | 世界と日本

2018年01月29日

異常に「過去を忘れる」日本人

 最初に、1月29日時点での英国の百科事典サイト ENCYCLOPEDIA BRITANNICA のトップ・ページ(一部)を示す。赤丸で囲った項目を見て欲しい。世界は日本人のように「過ぎたことは、何でも忘れ」はしないことが良く判るではないか。
BRITANICA_20180129.png
 韓国のいわゆる慰安婦問題や中国の南京事件などについて、事実そのものを否定するネトウヨの意見などはどうでも良いのだが、特別に "嫌韓・反中" ではない多くの市民の中にも「過ぎたことをいつまでも!」とか「あまりに執拗な韓国・中国!」といった気分が漂っていることが非常に気になる。
 例えば、日韓合意とは、「過去の戦争時に日本側が韓国(人)の一部女性に対して行った人権侵害行為に関する "賠償請求等" についての国家間交渉」の合意であり、今後、韓国政府は日本政府に対してこの件についての賠償請求等は(不可逆的に!)一切行わない、という極めて事務的な手続きである。

 重要なことは、この手続きには「それらの(人権侵害の)事実を "無かったこと" にする」などという意味は一切含まれていないことである。しかし、そこを多くの日本人が「勘違い」していると強く感じる。
 「では、いつまで謝れば気が済むのだ!」と、日本人の多くが苛立つのだが、「水に流す」とか「無かったことにする」という "思想" は国際社会では一切通用しないことを学ぶべきである。「やってしまったこと」については、 "永遠に謝り続け" 、 "反省の態度を示し続け" なければならない、というのが国際社会の常識なのだと、きちんと知るべきである。

 この「謝る」「反省の態度を示す」ことについても、日本では(土下座○○と言うような)大きな誤解があるように思う。世界的に求められるのは「個々人の態度」などではない。国家として、義務教育段階できちんと教育、世代を越えて過去の負の歴史を認識し続けること、そのような過去を肯定・美化し、正当化するような言説・行動を規制する法律・条例を定め、運用することの二つである。ドイツにおける「反ナチ法」が後者の例であって、ナチスやヒトラーを賛美するような言説・デモは禁止され、強行すれば逮捕される。

 ところが、日本で公的な立場からこの世界の常識に沿った行動をしているのは、常に「アジアの人々に多大な苦痛を与えた過去を反省し・・」と言い続けておられる天皇陛下だけ、と言っても過言ではない。一方で、過去の事実を否定し、正当化するような言説(例えば日本会議系議員らの)が野放しであるばかりか、いわゆるヘイト・デモについても理念法がやっと制定されただけで、事実上放任されている。また、学校教育においても、いわゆる "つくる会" 系の過去を美化する教科書が出現し、それを行政の圧力で広域採択させることが全国で続いている。さらには、従軍慰安婦について事実を歪曲し、偏見を煽るような展示イベントを、公共の文化施設で開催させた例まであるのである。

 今回、韓国の新大統領が述べたこと「再交渉は求めないが、謝罪して欲しい」は、「世界的には当然」のメッセージであり、故に海外のメディアは全く問題にしていないのだが、自民党議員の一部や政府首脳は "激高" して見せ、国内メディアもそれを(いつものように)無批判に垂れ流し、市民の "嫌韓" 感情を煽っている。
 日本軍が、第二次世界大戦中にアジア太平洋地域を侵略したこと、そこでの "活動" の中に、多くの人道に反する行為、国際法・条約に違反する行為があったことは明らかな事実であり、その末裔である現在の日本国民が、今後も「世界で名誉ある地位」に居たいのであれば、そのことを「忘れず」 、二度と繰り返さないように "明示的" に「努力し続ける」義務があるのである。

 南京事件や重慶の市街地爆撃、慰安婦問題などについて、政府自らが経緯を明らかにし、誠実な反省を世界に発信すること。そして、それらの事実を否定しあるいは美化するような言説・行動を正しく規制する法令を整備・公布することが緊急の課題である。それらの法が成立すれば、一部の偏った教科書を公教育で使用することも不可能になる。
 それらを実行してこそ、同じ大戦中に米軍が行った広島・長崎の(戦略上明らかに不必要な)原爆投下や、東京を始めとする市街地(一般市民)への焼夷弾爆撃についても、真に対等の立場でその「非人道性・犯罪性」を問うことが可能になるのである。
posted by Cheshire Cat at 17:38| Comment(0) | 世界と日本