2016年04月20日

「タイミングのいい地震」発言の後で


 片山という代議士が、熊本・大分の地震災害について「・・・タイミングのいい地震・・」と発言して、すぐに撤回した。
 相変わらずの失言(というより暴言)で、あまりの程度の低さに論評する気にもならないが、ここでとりあげたいのは、その後の「謝罪の弁」の方である。この人物は、一通り(型通り)謝って見せた後で、「・・誤解を与えたとすれば・・」と発言しているのである。
 同様のフレーズは、総理大臣以下多くの政治家が濫用していて、総理大臣の場合はその後に「・・丁寧にご説明して・・」という最悪のせりふが続くことが多い。
 これらの政治家たちは、どうやら中学レベルの「国語力」も持ち合わせていないらしい。というのも無理な評価で、実態は“異常な傲慢さ”の発露そのものであると思う。
 「誤解」というのは、文字通り「誤って・理解」することであり、その「誤り」の責任は当然「誤った本人=話を聞いた側」にあることになる。つまり、「(私が)誤解して済みません」と謝る、「誤解するな!」と相手をたしなめる、という使い方が基本である。
「誤解させた、とすれば・・」などという発言には、自分の発言についての真剣な反省も、傷つけた他者に対する心からの謝罪も、ほとんど含まれていない。あるのは、自己保身、居直り、そして相手に対する“侮蔑”“見下し”である。
 極言すれば、「ハイハイ!(馬鹿なあんたらに)“誤解”させるようなことを言ったワタシが悪かったんでしょ。ドーモ済みませんねェ!」と言ってるようなものである。
 「ことば」は人格の一部である。こういう代議士が何期にもわたって選ばれ、国会議員を続けているのだから、この国の未来が本当に心配だ。

posted by Cheshire Cat at 00:47| Comment(0) | ことば・日本語