2016年05月02日

“津田大介 熊本地震報道で見えた「紙メディアの力」” について


 週刊朝日の記事を Yahoo News が紹介している。話の大きな枠組みは判りやすく、妥当なものであると思うが、読むとどうにも違和感が残る。
 その違和感が何に由来するのか考えてみると、<「紙」の調査力で・・><「紙」がやれることは・・>といった文章に出てくる「紙」という表現であることに気付いた。

 文章の前半では、「紙」と「ウェブ」は本来の意味である「情報を運ぶ・届ける手段、媒体」として扱われていてまったく問題ない。ところが、後半の朝日新聞の試みを紹介するあたりから言葉の使われ方が変化し、「新聞社」というメディア組織全体を「紙」と呼び始めているのである。著者がいくら「ネット界」の人物であるとしても、これはあまりに失礼な表現ではないだろうか。

 私も、朝日新聞の試みは大変大きな意義をもつと考える。ただそれは「プロ」としての訓練を受けることで専門的な知識・技術・倫理観を身に付け、組織として行動できる「記者」という存在あってのものである。そこに、ネットに慣れた大学生グループが加わり、さらにグーグルマップというシステムサービスを活用することで大きな力を発揮したのである。この「専門的な人材・組織」こそが、既存のジャーナリズムにとって唯一・最大の財産であることは明らかである。
 繰り返すが、迅速に調査した(できた)のは「新聞記者たち」であって「紙」などではない。この言い方は比喩としても認めることはできない。

 最初に述べたとおり、私は津田氏の論旨全体を批判しているのではない。
 私も、新聞社は現在の状況を直視して、「紙の新聞」の配布だけに拘ることを改める方向を探るべきであると考える。
 これからの新聞社は、ネットを中心とする新しい媒体(メディア)を積極的に使いこなしながら、社内に蓄えた「取材」や「分析」に関わる膨大な経験と、それを受け継ぐ人材・組織の力で社会に貢献してもらいたい。いや、貢献してくれなければ、自由で民主的な社会を維持することも困難になると思っている。

津田大介 熊本地震報道で見えた「紙メディアの力」を解説〈週刊朝日〉
dot. 5月2日(月)7時0分配信

 ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる、ジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。熊本県で起きた地震の報道から紙メディアの力を見ることができたという。
*  *  *
(以下、一部抜粋)
 消費者はなぜ「紙離れ」を起こしているのか。娯楽の多様化や、情報機器の普及によって読者の時間が奪われているといった、もっともらしい理由はいくらでも挙げられるが、身も蓋もない言い方をすれば、「ウェブ」の登場によって多くの情報が「無料」で読めるようになったことが最大の要因であろう。
 現在の国内スマホ契約数は約7千万件。多くの人にとって情報を入手するための起点がスマホである以上、紙媒体が今まで以上にデジタル対応を進めなければならないのは自明のことである。
 その意味で熊本地震をめぐる朝日新聞社会部の「ウェブ報道」は興味深いものだった。足を使って記者6人がかりで熊本県内の避難所を調べ、施設名を羅列する記事をいち早くデジタル版で公開。ツイッターで「どなたか地図に落としませんか?」と呼びかけた。
 これにネットを通じてつながった九州内外の学生有志グループが反応。グーグルマップに避難所を落とし込む作業を買って出て、わずか1日後にはグーグルマップ上で避難所の情報を一覧できるようになった。
 「紙」の調査力で検証したデータを「ウェブ」の速度感で提供し、ボランティアに落とし込み作業を任せることで、報道リソースを減らさず効率的に情報を多くの人に届けられる――「紙」と「ネット」の融合をわかりやすい形で示した事例と言えよう。
 紙メディアがどうデジタルに対応すればいいのか現場では試行錯誤が続いているが、ここにきてようやく意味のある取り組みが見られるようになってきた。どっこいまだまだ「紙」がやれることはありそうだ。
※週刊朝日  2016年5月6−13日号 最終更新:5月2日(月)17時22分

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160428-00000270-sasahi-soci

posted by Cheshire Cat at 21:47| Comment(0) | 報道・ジャーナリズム

2016年04月04日

“外国人観光客”をめぐって

 毎日新聞は、朝日が少しおかしくなって以降、私が最も信頼するジャーナリズムの一つなのだが・・・

 4月4日のネット版「経済プレミア」に次のような記事が出ている。

[プロが読み解くニッポン経済]
 訪日観光3000万人がもたらす人と人との国際理解
http://mainichi.jp/premier/business/articles/20160331/biz/00m/010/032000c?fm=mnm

 著者は、メットライフ生命副会長・元日銀理事の平野英治さん。このタイトルのとおりのことを淡々と穏やかに述べているのだが、最初に、かつて日本人も海外で「爆買い」を行い顰蹙を買っていた時代があったことに触れた上で、
訪日外国人の行動やマナーに驚くこともあるし、それは今後も続くだろう。だが一昔前の日本人海外観光客の振る舞いを目にしてきた身としては、彼らの行動が人ごとにも思えないのだ。かつて我々もたどった道だと、少し寛大な気持ちで接することができればと願う。

と述べるなど、私も深く共感できる論旨となっている。また、今後の政策についても説得力のある提言がされている。要するに優れた、素晴らしい論説なのである。

 ところが、おそらく著者の平野氏には全く責任のないことで、私はこの「記事全体」には否定的な印象を持たざるを得ない。
 それは、このブログの以前の記事にも書いたことと同様の「歪んだイメージ画像」がここでも頻出しているからである。

 平野氏が、「中国人観光客」「近隣諸国との相互理解・友好」といったことを特にとりあげて述べているにもかかわらず、記事中にランダムに挿入された写真に写っているのは明らかに「非アジア系」の人々がほとんどなのである。(キャプションが無いことから見ても、編集段階で勝手に挿入されたものであろう)
 「反中・嫌韓」言説を憂慮して見せながら、一方では「中国・韓国・台湾からの観光客など、この日本にとって大切な客人ではない」と言わんばかりのイメージ戦略を展開する。
 そう指摘すれば、おそらく「そんな悪意など断じて無い、つい習慣で・・・」という返事が返ってきそうだが、そうだとすれば、それは根深い「(対欧米)劣等感」の現れと言う他無い。
 “西洋を仰ぎ見て、アジアを見下す”、この国のメディアは100年前と全く変わってないのだろうか。

posted by Cheshire Cat at 23:02| Comment(0) | 報道・ジャーナリズム