2018年09月10日

「選手インタビュー」に見る病

 テニスの全米オープンで優勝した大坂なおみ。 この素晴らしい選手を「日本(人)の誇り・・」みたいなケチな枠に押し込める報道や論評に心底うんざりする。
 ただ、ここで取り上げたいのは、試合後の彼女の会場での「挨拶」やインタビューの際の発言などについてである。プレイも素晴らしかったがそれ以上に、自分の考えを自分の言葉でしっかり語る、本当に素晴らしいスピーチだったからである。
 それらの発言について 「とても20歳とは思えない」などと騒いでいるスポーツ番組があった。いやいや、日本の「スポーツ選手たち」の考え、発言が "異常に幼い" こと、メディアもそれを当然視してきたことを明確に突きつけられたに過ぎない。言わば共犯者であったメディア側の人間が今更何を言う?と言いたい。
  日本のスポーツ選手の多くは「自分が(本当のところ)何を考え、何を言いたいか」ではなく、常に「その "場にふさわしい" ことを言おう」として話をする。そして、「ふさわしいかどうか」を決めるのも自分ではなく、想定されたファンであり "世間" を代表しているらしい「目の前のインタビュアー」だと思っている。
 だから、彼らは全ての発言を異常なほど「そうですね・・」から始めることになる。インタビュアーがどんなに馬鹿なことを発言しても、「それは違います」とか「そんなことはない」とは絶対に即答しない。そして結局のところ、メディア(インタビュアー)が予め決めたストーリーに沿って、メディアが「言わせたい」と思った言葉を言わされることで、何の発見も面白みも無いまま話はまとめられてしまう。
 極く一部だが、少し違うタイプの選手も居る。ただその多くは、逆に自意識過剰で思い上がっているだけで、幼さという点では同類である。彼らはわざと質問に質問で返したり、インタビュアーの揚げ足をとって嘲笑したり、なにやら意味不明の謎めいた発言をすることで、自分を大物に見せようとする。そうすると今度はメディアの方が擦り寄って「有難いお言葉」的に持ち上げる(だが腹の底では嫌ってる)。
 日本のスポーツ界から、「そうですね」で話を始める選手、「XX語録」などと言われて好い気になるような選手が居なくなって、皆が「自分の(本当の)考えを、きちんとした言葉と態度で話す」ようになって欲しいと、心から願っている。
posted by Cheshire Cat at 12:56| Comment(0) | 日本の社会
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