2016年06月28日

朝日新聞社説「プログラミング 小学生全員に必要か」の異様さ

 朝日新聞と言えば、一応日本を代表する「新聞」と見られているのだが、最近の記事を見ているとその評価が怪しいものに思えてくることが少なくない。
 ここで問題にするのはあくまでも「記事の質」であって、「右か左か」といった政治的立場からの「朝日叩き」とは関係ない。

 6月28日、「プログラミング 小学生全員に必要か」という社説が掲載された。
http://www.asahi.com/articles/DA3S12430434.html?ref=nmail_20160628mo
 そもそも、通常の報道記事ではなく「社説」のタイトルが“疑問形”であることが異様である。
 社説とはその新聞社が責任を持って発信する「意見」のはずである。例えば、「プログラミング 小学生には不要だ」あるいは「小学生へのプログラミング教育を早急に」または「小学生へのプログラミング教育は慎重に」というのなら、まさしく社説であろう。
 ところが、この「社説」では“問題になりそうなこと”をあれこれ並べ立てた挙げ句、「中教審は指導要領の全体の中に位置づけて検討してもらいたい。」と結んでいるのである。

 例えば、「論理的な思考力を養うことは大切だ。そのために、プログラミングによる学習を選ぶ子どもがいてもいい。しかし、果たしてそれが小学生全員に必要なのかは疑問である。」と言うが、文科省の有識者会議は“必修化”と言っているのである。「全員に必要とは考えられない」のなら必修化には反対しなければ筋が通らない。
 その一方で、「文科省や自治体がよほど支援しなければ、難しいだろう。」とか「機器や教材、ネットワーク環境の整備状況も、学校や自治体間の差がかなり大きい。豊かではない自治体への後押しが欠かせない。」などと、推進を前提とするかのごとき文言も途中から出てくる。
 さらには、有識者会議が僅か3回で議論をまとめたことを“拙速”と批判し、小学校の時間割が満杯状態の上に○○教育が詰め込まれ、教員・子どもがパンクすると指摘する。それならば、必修案は撤回せよと言うのかと思えば、上記のように「検討してもらいたい。」である。

 この文章構成、どこかで見覚えがあると思ったら、NHKのニュースや解説に頻繁に出てくるものだった。「・・・今後の進展が注目されます。」などという究極の他人事メッセージ。
 どうやら、テレビだけでなく(本来自由なはずの)新聞にまで、“自粛”という名の権力迎合が拡がって来たようだ。
posted by Cheshire Cat at 17:04| Comment(0) | 報道・ジャーナリズム
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