2017年07月08日

首相の妻は「ファースト・レディ」などではない


 選挙で選ばれて政府の代表者になった(にすぎない)政治家を「指導者」とか「リーダー」と呼ぶのは、まともな民主国家の中ではアメリカ合衆国だけである。それは、米国における大統領が、国民によって選ばれた「国王の代わり」だからである。

 一方、日本や英国・ドイツの首相は、極言すれば能力の高低、人望の有無にかかわらず、たまたま「選挙で勝った」政党の中で「党の総裁であった」結果、総理大臣の仕事をすることになる一代議士に過ぎない。その実績によって、結果的に高い評価を受けることになったドイツのメルケル首相のような例もあるが、彼女の場合も出発点は同じである。
 ところが、安倍晋三氏は「自分は“当然”首相に成るべくしてなった、国民の“指導者”だ」という恐るべき“勘違い”をしている節がある。相手の話を全く聞こうとしない、絶対に自説を曲げない、異常に高慢な態度、物言い、全てがその“勘違い”を示している。

 米国社会で大統領の妻を「ファースト・レディ」と呼ぶのも、大統領の仕事に関係のない「子ども」まで表に出すのも、言わば「ロイヤルファミリーのようなもの」を演じることが求められているからである。
 では、英国でテリーザ・メイ首相を「ファースト・レディ」と呼んでいるだろうか。それは絶対にあり得ない。言うまでも無く、英国の「ファースト・レディ」はエリザベス女王陛下だからである。
 同様に、日本国の「ファースト・レディ」は当然美智子皇后陛下でなければならない。

 日本のマスコミは、一体いつ、どこからどうして「首相の妻」を「ファースト・レディ」と呼ぶような馬鹿げた“勘違い”を始めたのだろう。
 日本の歴代首相には、在任時(公式には)独身であった人もあり、また妻帯者の場合も日本的に「後ろに控える」タイプの夫人が多く、自ら「ファースト・レディ」を演じようとするようなケースはこれまで(安倍昭恵氏が登場するまで)無かった。

 つまり、安倍晋三夫妻というのは、どちらも空前(絶後?)の“勘違い人間”と言える。そして、彼等の“勘違い”を暴走させた責任は、政治家としての本来の能力・経験や、見識、人間性などではなく、“血筋”や“家系”で位置づけするような堕落した自民党と、間違った報道で彼等を舞い上がらせたマスコミにあると考えられる。

 もう一つ、何とも奇妙なのは、上に書いた「皇后陛下ではなく首相の妻をファーストレディと呼ぶ」ような、言わば“不敬にあたる”マスコミの報道を、安倍氏の強力な応援団である極右・歴史修正主義者たちが全く問題にしないことである。もしかすると、彼等の意識では安倍晋三氏は既に「将軍様」か「総統閣下」の地位にあって、象徴である皇室などよりも上位に位置づけられているのかも知れない。

posted by Cheshire Cat at 04:28| Comment(0) | 日本の政治