2016年05月21日

政治家の劣化と官僚的思考の氾濫


 沖縄で起きた米国人軍属(元海兵隊員)による女性殺害事件、「タイミングが悪い」「水を差す」といった反応・発言が猛烈に不快に感じられるのは、被害者を傷つけるというだけでなく、それが「官僚」の発想そのものだからである。

 「目標」そのものが適正かどうかなど考えず、国の将来や世界の眼など“余計なこと”は一切気にせず、眼の前の目標達成の手順・方法と費用対効果だけ考えて、与えられた命令を実行するのが“有能な官僚”。
 かつての日本軍幹部も、公害企業の技術者たちも、600万人の「処分」を任されたアイヒマンも同じ種類の人たちだ。

 本来、政治家とは「国民の幸せ」という大きな視点に立って、そういう官僚をコントロールして(使いこなして)国を運営する存在でなければならないのだが・・・。
 今の日本は、政治家の激しい劣化によってそれが全くできないという深刻な状況になっている。
 政治家としての「理想」や「理念」のためではなく、単なる家業(二代目・三代目)や、出世のゴール(官僚崩れ)として政治家を“やっている”人々が幅を利かせている、
 そして、その頂点に居るのが、殆ど偏執狂と化した独裁志向の歴史修正主義者なのだから、このまま行けばこの国は破滅するかもしれない。

 だが、そんな政治家達は決して“天から降ってきた”わけではない。彼らを選挙で選んでいるのは、ほかならぬ我々国民なのだということを忘れてはならない。
 「破滅」に至るとすれば、それは日本人が「自ら選んだ道」ということだ。

posted by Cheshire Cat at 01:43| Comment(0) | 日本の政治