2016年05月21日

政治家の劣化と官僚的思考の氾濫


 沖縄で起きた米国人軍属(元海兵隊員)による女性殺害事件、「タイミングが悪い」「水を差す」といった反応・発言が猛烈に不快に感じられるのは、被害者を傷つけるというだけでなく、それが「官僚」の発想そのものだからである。

 「目標」そのものが適正かどうかなど考えず、国の将来や世界の眼など“余計なこと”は一切気にせず、眼の前の目標達成の手順・方法と費用対効果だけ考えて、与えられた命令を実行するのが“有能な官僚”。
 かつての日本軍幹部も、公害企業の技術者たちも、600万人の「処分」を任されたアイヒマンも同じ種類の人たちだ。

 本来、政治家とは「国民の幸せ」という大きな視点に立って、そういう官僚をコントロールして(使いこなして)国を運営する存在でなければならないのだが・・・。
 今の日本は、政治家の激しい劣化によってそれが全くできないという深刻な状況になっている。
 政治家としての「理想」や「理念」のためではなく、単なる家業(二代目・三代目)や、出世のゴール(官僚崩れ)として政治家を“やっている”人々が幅を利かせている、
 そして、その頂点に居るのが、殆ど偏執狂と化した独裁志向の歴史修正主義者なのだから、このまま行けばこの国は破滅するかもしれない。

 だが、そんな政治家達は決して“天から降ってきた”わけではない。彼らを選挙で選んでいるのは、ほかならぬ我々国民なのだということを忘れてはならない。
 「破滅」に至るとすれば、それは日本人が「自ら選んだ道」ということだ。

posted by Cheshire Cat at 01:43| Comment(0) | 日本の政治

2016年05月02日

“津田大介 熊本地震報道で見えた「紙メディアの力」” について


 週刊朝日の記事を Yahoo News が紹介している。話の大きな枠組みは判りやすく、妥当なものであると思うが、読むとどうにも違和感が残る。
 その違和感が何に由来するのか考えてみると、<「紙」の調査力で・・><「紙」がやれることは・・>といった文章に出てくる「紙」という表現であることに気付いた。

 文章の前半では、「紙」と「ウェブ」は本来の意味である「情報を運ぶ・届ける手段、媒体」として扱われていてまったく問題ない。ところが、後半の朝日新聞の試みを紹介するあたりから言葉の使われ方が変化し、「新聞社」というメディア組織全体を「紙」と呼び始めているのである。著者がいくら「ネット界」の人物であるとしても、これはあまりに失礼な表現ではないだろうか。

 私も、朝日新聞の試みは大変大きな意義をもつと考える。ただそれは「プロ」としての訓練を受けることで専門的な知識・技術・倫理観を身に付け、組織として行動できる「記者」という存在あってのものである。そこに、ネットに慣れた大学生グループが加わり、さらにグーグルマップというシステムサービスを活用することで大きな力を発揮したのである。この「専門的な人材・組織」こそが、既存のジャーナリズムにとって唯一・最大の財産であることは明らかである。
 繰り返すが、迅速に調査した(できた)のは「新聞記者たち」であって「紙」などではない。この言い方は比喩としても認めることはできない。

 最初に述べたとおり、私は津田氏の論旨全体を批判しているのではない。
 私も、新聞社は現在の状況を直視して、「紙の新聞」の配布だけに拘ることを改める方向を探るべきであると考える。
 これからの新聞社は、ネットを中心とする新しい媒体(メディア)を積極的に使いこなしながら、社内に蓄えた「取材」や「分析」に関わる膨大な経験と、それを受け継ぐ人材・組織の力で社会に貢献してもらいたい。いや、貢献してくれなければ、自由で民主的な社会を維持することも困難になると思っている。

津田大介 熊本地震報道で見えた「紙メディアの力」を解説〈週刊朝日〉
dot. 5月2日(月)7時0分配信

 ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる、ジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。熊本県で起きた地震の報道から紙メディアの力を見ることができたという。
*  *  *
(以下、一部抜粋)
 消費者はなぜ「紙離れ」を起こしているのか。娯楽の多様化や、情報機器の普及によって読者の時間が奪われているといった、もっともらしい理由はいくらでも挙げられるが、身も蓋もない言い方をすれば、「ウェブ」の登場によって多くの情報が「無料」で読めるようになったことが最大の要因であろう。
 現在の国内スマホ契約数は約7千万件。多くの人にとって情報を入手するための起点がスマホである以上、紙媒体が今まで以上にデジタル対応を進めなければならないのは自明のことである。
 その意味で熊本地震をめぐる朝日新聞社会部の「ウェブ報道」は興味深いものだった。足を使って記者6人がかりで熊本県内の避難所を調べ、施設名を羅列する記事をいち早くデジタル版で公開。ツイッターで「どなたか地図に落としませんか?」と呼びかけた。
 これにネットを通じてつながった九州内外の学生有志グループが反応。グーグルマップに避難所を落とし込む作業を買って出て、わずか1日後にはグーグルマップ上で避難所の情報を一覧できるようになった。
 「紙」の調査力で検証したデータを「ウェブ」の速度感で提供し、ボランティアに落とし込み作業を任せることで、報道リソースを減らさず効率的に情報を多くの人に届けられる――「紙」と「ネット」の融合をわかりやすい形で示した事例と言えよう。
 紙メディアがどうデジタルに対応すればいいのか現場では試行錯誤が続いているが、ここにきてようやく意味のある取り組みが見られるようになってきた。どっこいまだまだ「紙」がやれることはありそうだ。
※週刊朝日  2016年5月6−13日号 最終更新:5月2日(月)17時22分

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160428-00000270-sasahi-soci

posted by Cheshire Cat at 21:47| Comment(0) | 報道・ジャーナリズム