2015年12月19日

「夫婦同姓規定」裁判に関する話のすり替え

既に報じられているように、最高裁で「憲法違反ではない」という判決が出た。
15人の裁判官の10人が合憲、5人が違憲という判断の多数決であった。

「ニッポンの良き伝統が破壊されずに済んだ」という保守系の妙な高揚、失望・絶望と騒ぐリベラル系の異様な反発、どちらも同じように見苦しいと感じる。
メディアの報道も、これら両者の「コメント」をただ並べるだけで、「この裁判では何が "判断" されたのか」という点をきちんと伝えていない。

判決は、大きくは、1.(同姓が)社会的に定着している、2.通称使用が普及してきており、(原告が訴える) "苦痛" は軽減されている、という2点であり、民法の規定は「憲法違反とまで言えるものではない」ということである。そして、「裁判ではなく、もっと(国会等で)議論を深めるべき。」という付帯意見も付いている。
つまり、最高裁は決して「あくまでも夫婦同姓であるべきだ」などとは言ってないのである。

「逆」を考えてみると面白い。
仮に、民法の規定が「一定条件の下に別姓を選択することを認める」となっていて、これに対して「別姓夫婦の存在は日本文化を破壊するもので、精神的苦痛を与えるものだから、この規定は憲法違反だ」と主張して裁判を始めたらどうなっていただろうか。おそらくその場合はより明確に「憲法違反ではない」となったはずである。

だから、この付帯意見が重要なのである。

以前から気になっていたのだが、この裁判の基となった主張について、かなり意図的かつ巧妙な話のすり替えが行われている。すなわち、「夫婦別姓の "選択" を可能にせよ」という主張を、あたかも「夫婦同姓を廃して、別姓を制度化せよ」という(とんでもない)主張であるかのようにすり替えるのである。
原告たちが主張しているのは「別姓の "禁止" が憲法違反だ」ということであって、「同姓が憲法違反だ」と言っている訳ではないのに、である。
例えば、メディアが好んで行うアンケートや街頭インタビュー調査などでも、「 "あなたは" (同姓・別姓)どちらに賛成ですか」というものばかりであった。
典型的な例として、現在 Yahoo ニュースが実施しているものを示す。

アンケート2.png

12月19日早朝の時点で約15万票の "投票" があり、およそ67%が「選択しない」26%が「選択する」となっている。
Yahoo ニュースの回答者は30代・40代の男性に極端に偏っていることが知られているが、この結果は(意外に)他の同種の調査と大きくは異なっていない。
しかし、この質問は、今回裁判となった問題とは全く異なって(ズレて)いるのである。
この問題をきちんと考えるのであれば、質問は
 「あなたは、別姓の夫婦という存在を認めますか?」
であるべきであり、選択肢は
 1.自分もそうしたい
 2.自分は同姓にするが、別姓夫婦も認める
 3.認めない、全て同姓にするべき
でなければならない。

「多様性を認める社会に・・」などときれい事を並べながら、一方でこのような論点のすり替えが横行していることに困惑する。

posted by Cheshire Cat at 06:12| Comment(0) | 日本の社会