2015年11月10日

"ミャンマー" 総選挙の報道に

 ビルマ(ミャンマー)の総選挙、投票は平穏に終了したが、開票・結果の確定には時間がかかるということである。
 これまでのところ、与党側も敗北を認める発言をしていて、無事に政権交代に繋がると見られているが、若干の不安も残る状況である。長期独裁政権が選挙で敗れた際に、しばしば「不正の存在」などを言い立てて選挙無効を主張、武力での制圧に乗り出すことがあるから・・・。

 日本のメディア報道で実に奇妙なのは、「民主化」がビジネス・チャンスだと言わんばかりの浮かれた空気と、野党指導者アウン・サン・スー・チー氏への妙な思い入れである。そこに共通するのは、相変わらずの異常なほどの「都合の悪いことは全部忘れる」という病である。

 決して忘れてならないのは、日本が、ほとんどの先進国が制裁を科す軍事独裁政権に対して、一貫して支援し続けた「唯一の国」であったという事実である。小さいことだが、「ミャンマーではなくビルマ」というスー・チー氏の主張に応えて「BURMA」と呼び続けた欧米各国に対して、日本政府は率先して「ミャンマー」と呼ぶことに決め、学校やメディアに通達までしていたのである。
 それもこれも、軍事独裁下の "ミャンマー" こそが日本ビジネスの希望のフロンティアだったからである。民主化が現実に進展すれば、これまで進出を控えていた欧米各国との競合も始まり、人々の権利意識も(正しく)高まることによって、従来のような「美味いビジネス」は困難になる可能性が高い。すなわち、「民主化とビジネス・チャンスは矛盾する可能性が高い」のであり、一部の専門家は、この点を "控えめに" 指摘しているのだが、全体の能天気な論調には棹させないようである。

 アウン・サン・スー・チー氏が「民主化の星」であったことは間違いないのだが、欧米のメディアが同氏を熱心に取り上げてきた大きな要因は、英国留学経験をもち(亡夫も英国人)完璧な英語を話す(発信する)人物だったことである。そして、同氏もまたその英語力と欧米メディアの影響力を最大限に活用することで、自身の安全を確保しつつ民主化運動を続けてきたのである。その歩みを見ても、スー・チー氏はその優美な外見とは真逆の、本当に百戦錬磨のタフな政治家であることが判る。
 そのスー・チー氏が、自身を軟禁・弾圧した軍事独裁政権を支援し続け、「軍事政権への支援は間接的に民主化の妨げになるので控えて欲しい」という要請にも一切耳を貸そうとしなかった日本という国、日本政府を果たしてどう見ているだろうか。これまでの、日本の政治家やメディアとのやり取りを見ても、スー・チー氏が日本人の大好きな「親日」政治家などでは全くないことは確かである。

posted by Cheshire Cat at 00:31| Comment(0) | 報道・ジャーナリズム