2015年09月18日

産経世論調査(記事)に対する毎日新聞の批判

9月17日の毎日新聞に注目すべき記事があった。

「産経世論調査:安保法案反対デモの評価をゆがめるな」
と題して、産経新聞とFNNが行った合同世論調査の結果報道を厳しく批判した記事である。

 いわゆる「やらせ記事」などについての批判はこれまでにもあるが、同業他社による世論調査の結果の評価・報道に対する批判記事というのはあまり見たことが無い。
 調査が「安保法案」に関することであり、見出しの表現からも「この法案(採決)そのものに対する毎日と産経の姿勢の違いからの批判記事」と見られかねないのだが、内容はそうではない。
 世論調査の手法とその結果の評価、それをどのように正しく伝えるか、という点に絞った純然たる「科学的批判」であり、著者も「世論調査室長」という言わばプロフェッショナルなのである。
 
 記事の内容は100%同意できるものである。
 「教材」として使いたいと思うくらい良いので、URL に加えて敢えて全文を紹介する。(写真は除く)

http://mainichi.jp/feature/news/20150917mog00m070001000c.html

産経世論調査:安保法案反対デモの評価をゆがめるな
毎日新聞 2015年09月17日

 ◇産経新聞とFNNの合同世論調査にもの申したい
 安全保障関連法案の参院採決が迫る中、9月12、13日に実施した調査で「安保法案に反対する集会やデモに参加したことがあるか」と質問し、3.4%が「ある」、96.6%が「ない」と答えたという。これを受けて産経新聞は15日の朝刊で「参加した経験がある人は3.4%にとどまった」と書いた。
 安倍政権の応援団として、全国に広がる安保法案反対デモが気に入らないのはよく分かる。「毎日新聞や朝日新聞はデモを大きく扱っているが、デモに参加しているのはたった3.4%にすぎない」と言いたいのだろう。
 だが、日常生活の中で特定の政治活動に参加する機会のある人がどれだけいるだろうか。この世論調査は全国の男女1000人に電話で質問したとされ、そのうちデモや集会に参加したと答えた人が34人いたと推定される。素直に考えれば、これは大変な人数だ。全国の有権者1億人にこの数値を当てはめれば、安保法案反対デモの参加経験者が340万人に上る計算になる。
 調査ではさらに、デモ・集会に参加したことがないと答えた人(回答者全体の96.6%)に「今後、参加したいか」と尋ね、18.3%が「参加したい」と答えたという。これはつまり、回答者全体の17.7%がデモ・集会に参加したいと考えている計算になる。実際に参加したと答えた3.4%と合わせると、5人に1人が安保法案反対のデモ・集会に参加した経験があるか、参加したいと考えていることになる。有権者1億人に当てはめれば2000万人。この調査結果にゆがみがないと仮定すれば、「安保法案に対する世論の反発の大きさを示した」と書かなければならない。
 もちろん、自宅の固定電話にかかってくる世論調査の電話を拒否する人も多く、調査に応じた人の割合を有権者全体にそのまま当てはめること自体に無理がある。そもそも1000人程度の無作為抽出による世論調査というのは、国民意識の大まかな傾向を探るのが目的だ。1000人中1人いるかどうかも分からない特定の政治活動参加者について数値を割り出せるものではない。デモ・集会の参加経験を無理やり数値化したうえで、法案賛否などの数値と同様に扱い、「3.4%にとどまった」などと書くのは、世論調査の社会的な役割とはほど遠い「扇動記事」と言わざるを得ない。
 産経新聞の記事は、デモ・集会に参加したと答えた3.4%の内訳分析まで行っている。「参加経験者の41.1%は共産支持者で、14.7%が社民、11.7%が民主、5.8%が生活支持層で、参加者の73.5%が4党の支持層だった」。これも首をかしげざるを得ない。参加したと答えた推定人数わずか34人を母数に、支持政党の内訳をパーセンテージで、しかも小数点以下まで算出することに統計的な有意性はほとんどない。数人の回答が変われば、大きく数字が動く。あえて記事にするのなら、「参加経験者の大半は共産党などの野党支持者だった」と書くのが関の山だ。そして、デモ参加者に野党支持者が多いことには何の驚きもない。
 1000サンプル程度の無作為抽出調査では、パーセンテージで通常3〜4ポイントの誤差が生じるとされる。にもかかわらず、3.4%という小さな数値を根拠に「デモに参加しているのはごく少数の人たちであり、共産党などの野党の動員にすぎない」というイメージを強引に導き出したのが産経新聞の記事だ。とても世論調査分析とは呼べないものであることを指摘しておきたい。【世論調査室長・平田崇浩】

posted by Cheshire Cat at 23:01| Comment(0) | 科学・技術・教育と社会

2015年09月17日

日本の国会の異常性

 日本も、議会制デモクラシーを国の基本とする「先進自由主義国」の一つ、であるはずである。
 しかしながら、この国の国会における「議論」や「採決」は、他の国々におけるものと明らかに異なる点がある。

 このブログで既に何度も言及してきたが、それは、政府・与党から提出される法案について、与党の議員からは批判的意見、修正意見が一切出ないこと。一部の少数野党(の議員)を除いて、法案への賛否が常に与野党の議席数(出席者数)と一致すること、である。
 多党連立内閣の国は当然として、米国、英国の議会の場合でも、多くの法案について与党議員の一部は反対、野党議員の一部は賛成、というケースは少なくなく、政府提案が大幅に修正されることも珍しくない。

 これは、議会制デモクラシーのもとでの「議員」というのは、選挙民による付託と政治家としての信念のみに依拠する存在であって、それ以外のなにものにも左右されてはならない、ということが当然の前提として共有されているからである。

 先の記事でも書いたが、今回の安保法制について、自身を選んだ有権者の過半が採決に反対している与党議員は決して少なくないはずである。彼ら全員が、各人の「確固たる政治信条」に基づいて(次の落選も覚悟で)法案を採決すべきと言うのなら、それはそれで結構である。
 しかしながら、「党で決めたから、党首の意向だから・・」ということであれば、それは有権者への裏切りであり、言わば「親分」に従うヤクザと同じ論理に過ぎない。

 常に、議席数と同じ投票結果にしかならないのであれば、国会の議論・採決など無意味であり、選挙終了とともに開始される「多数党独裁(51対49でも)」制度に過ぎないのである。
 国民の意識や議員の資質が大きく変わる、などということが期待できないのであれば、自民党長老議員の一部の人たちが主張するように、「中選挙区制」による多数政党制の復活しか途は無いのかもしれない。

posted by Cheshire Cat at 17:28| Comment(0) | 日本の政治

「落選運動」について

 安保法案の採決に反対している「SEALDs(シールズ)」を中心に、法案に賛成する議員を次の選挙で「落選」させよう、という呼びかけが出てきた。

安保法案:合言葉は「賛成議員を落選させよう」
毎日新聞 2015年09月17日 11時01分(最終更新 09月17日 13時50分)
http://mainichi.jp/select/news/20150917k0000e040177000c.html?fm=mnm

 これは言わば「当たり前」の訴えなのだが、メディアでは "ユニークな運動" 扱いされている点に強い違和感を覚える。

 各種の世論調査では、およそ80%の有権者が「今は採決すべきでない」としている。現在でも、与党の政党支持率は40%程度と見られるので、少なく見積もっても、与党支持者でも半数が採決に反対していることになる。
 この種の問題については、世論にかなりの地域差が有ることを考えると、自分を国会に送った有権者の過半が反対していることに「賛成」しようとしている議員も少なくない、ということになる。選挙民の意志に反した行動をとる代議士を、次の選挙で落選させるのは当然である。

 むしろ問題なのは、政権・政策への批判や不満が、これまで "選挙と全く結びつけられずに" 語られてきたことの方である。
 例えば、テレビによる街頭でのインタビューで、「反対です・・・」と語る "市民" に、「では、前回の選挙でどの政党(の候補)に投票しましたか?」と何故訊かないのだろう。
 仮に「選挙に行かなかった」という答えなら、「では、今の事態をどう考えるのか。次の選挙ではどうするのか。」と(有権者としての責任を)問うべきであろう。
 「与党(候補)に投票した」という答えなら、自身の意思に反する政策を強引に進めていることについての「見解」と、次の選挙への考えを訊くべきであろう。

 現在の事態を招いたのは、政治家の資質もさることながら、「主権者」たる自覚を持たずに選挙を蔑ろにし、責任を放棄してきた我々自身とも言えるのである。

posted by Cheshire Cat at 16:11| Comment(0) | 日本の政治